アルーシャからの便り(2)~調停の地として知られる訳は?~

アル―シャからのプロジェクト便り、2回目の今回は、私の執務室があるタンザニアの地方都市『アル―シャ』をご案内します。

アルーシャは人口約45万人。標高4,562Mのメルー山(アフリカで5番目に高い山)の麓に広がっている軽井沢のような気候の町です。また、ンゴロンゴロやセレンゲティなどへ向かうサファリ観光の起点となる観光都市で、町には多くの観光客相手の土産物屋や洒落たレストランがあります。

(↑職場から見たメルー山)

空港も、町の郊外にはアル―シャ空港(中心地より車で20分程度)があり、少し離れた場所にはキリマンジャロ国際空港(中心地より車で1時間程度)もあります。ケニアのナイロビまでは車で4時間半の距離にあり、国内外へのアクセスが非常に良い場所です。

町では、多くのケニア人やソマリア系、マサイ族の人々を見かけます。もともとこの地はマサイ族の土地だったそうで、第一次世界大戦時の統治国であるドイツが、町を切り開いたとされています。

町の郡役所はこの地で一番最初に建設された建物です。その建設資材には、当時ドイツに抵抗した人々から接収した武器を溶かした鉄が使われていると伝えられています。
ドイツの名残はあまり町には残されていませんが、ドイツ系の肉屋が生産するソーセージやベーコンは、この町の名産品の一つになっています。

(↑アルーシャ郊外の様子)

ところで、アル―シャは、1961年に、タンザニアの前身となるタンガニーカ共和国の独立宣言をイギリスが承認した歴史的な場所であり、また、1964年4月26日に、タンザニア連合共和国が独立宣言を行った場所でもあります。

さらに、1993年にルワンダ内戦の終結を目的とした和平協定であるアルーシャ協定が結ばれたことでも知られていて、のちにジェノサイドの責任追及のための国際裁判所・ルワンダ国際戦犯法廷 (ICTR) が設置された場所でもあるのです。
ちなみに、このICTRがあった所に、私の職場(東アフリカ共同体事務局)があります。

この東アフリカ共同体事務局には、東アフリカ司法裁判所も併設されており、週に数回法廷が開催されます。6か国合意に違反している加盟国の法律に対して違法判決を出すなど、非常に強力な権限を持っています。

このようにアル―シャは、「対話」、「会議」、「調停」の地として、東アフリカに広く知られています。

S.H.