ヨルダンからの便り(1)~ローマ時代の遺跡~

ヨルダン・日本・イスラエル三角協力「ヨルダン先進農業技術の導入計画プロジェクト フェーズ3」の業務調整及びモニタリングの長期専門家として、2018年12月にヨルダンの首都アンマンに赴任しました。

自宅アパートから旧市街へは約7㎞で、タクシーで15分ほど、あえて歩いて行くと坂道を下る感じで1時間半。とにかくアンマンは、起伏のある丘の上(標高900m)に発達した都市です。

写真のアンマン城址はローマ時代の遺構で、そこから見下ろす谷に、地形を利用した半円状の大きなローマ劇場とオデオン(小劇場)も見えます。

現在のアンマンは人口400万人。遺跡から見渡す丘全体が住宅で埋め尽くされ、更に住宅建設が各地区で進んでいる状況です。

勿論、古代ローマ時代では人口も少なかったわけですが、それでもローマは、征服した中東各地に幾つもの遺構を残しています。
しかも、大理石などをわざわざ地中海から運び入れたという事で、「全ての道はローマに通ず」という言葉と、ローマ帝国がいかに強大であったかを実感できます。

このアンマン城址公園には、ヘラクレス神殿の巨大なエンタシス(円柱)の一部や、住居跡も残っていてかなりの広さです。
園内には博物館もあり、その展示物の中で、「涙壺」とよばれる小さなガラスの壺に目が留まりました。説明では、愛する人を亡くした遺族は自分たちの涙を「涙壺」に溜めて、墓碑にかけて亡き人を偲んだとか。はたして、どの時代の遺物であったのか覚えていませんが、とても愛情豊かな話に感心しました。

さて、私の職場はアンマン市内ではなく、隣のバッカ州にある農業試験場にあり、市内からは走行距離にして20㎞あります。
この辺りの交通網は複雑で、地上や地下で立体交差があり、日本の首都高速を走る感覚で、地元住民は結構なスピードで行き交います。
地元運転免許証への書き換え手続きが完了したら、私も自らハンドルを握り、この激しい車の流れの中に身をゆだねることになるでしょう。

飯塚 昌


パイロットファームのグアバ果樹園を視察する試験場技師と飯塚(一番右)